はじめまして。長野県佐久穂町の一棟貸しの宿「お宿千代里(ちよさと)」のホスト、Ayaです。
このブログでは、宿のこと、佐久穂のこと、ゲストのみなさんとの日々のことを、少しずつ書いていこうと思います。1回目の今日は、自己紹介がわりに「どうして私がこの町で宿を始めたのか」というお話を。ちょっと長い物語ですが、お茶でも飲みながらお付き合いください。

家族で、東京から佐久穂町へ
2022年の夏、私たち家族は東京から佐久穂町に移住してきました。
きっかけのひとつは、コロナで世の中の景色がすっかり変わったこと。子どもには、山の見える場所で、季節の音を聞きながら育ってほしい——いつからかそんな想いがふくらんで、家族の背中を押しました。
ここからの展開は、われながら早かった(笑)。目星をつけていた佐久穂町の物件を見に来て、2か月後には書類に判を押していました。こうして、私たち家族の佐久穂暮らしが始まりました。
この町が、私たちを温かく迎えてくれた
移住してからの毎日は、東京とはまるで別の時間の流れ方をしていました。家の前には用水路が流れていて、一日じゅう水の音が心地よく聞こえます。家の裏には田んぼと畑、遠くには美しい山々。昼間はセミの声、夜は虫の声を聞きながらお風呂に入る。都会の喧騒から離れた、そんな暮らしです。
そして何より、町の人が温かかった。愛犬の散歩であいさつをすれば、その場で採れたての野菜を分けてくれる。「子どもと一緒に移住してきてくれてありがとう」なんて言ってもらえる。そのたびに、ああ、ここに来てよかったなあと、しみじみ幸せを感じていました。

いつからか、私はこう考えるようになりました。こんなに温かく迎えてくれた佐久穂町に、いつかお返しがしたい。
空き家バンクで出会った、立派な古民家
田舎には、全国どこでも同じように空き家の問題があります。立派な家が、住む人を失って静かに古びていく。佐久穂も例外ではありません。移住から2年ほどたったころ、私は空き家バンクで一軒の古民家を見つけて、役所に電話をかけました。実物を見て、驚きました。面構えが、あまりにも立派だったのです。
中に入れば、太く立派な柱、鴨居や書院障子の美しい造作。家が大好きな私の母も一目で気に入って、「この家を買おう」ということになりました。この家なら、町の空き家問題へのささやかなお返しと、「みんなが集まれる場所を作りたい」という私の想いが、両方かなえられる。宿をやろう、と決めた瞬間でした。

「千代里」という名前のこと
宿の名前「千代里(ちよさと)」は、この建物が立っている場所の地名からいただきました。私はもともと日本由来のものが大好きで、「千代」って、いかにも日本じゃないですか。千代——長く続いていく時間。この立派な家が、宿としてこの先も長くこの里に立ち続けますように。そんな願いも込めて、地名をそのまま名乗ることにしました。
「なんか癒される」は、世界共通だと思う
こうして始まったお宿千代里で私がやりたいのは、日本の古き良き田舎を、まるごと体験してもらうことです。用水路の水音、夜の虫の声、大きな食卓を囲む鍋、標高の高い佐久穂ならではの星空。こういうものに触れたときの「なんか癒される」という感覚は、日本人でも海外からのゲストでも変わらない、世界共通のものだと思うんです。
海外の方にとっては、ガイドブックには載っていない「ローカルの日本」を知る入口に。そうやってお互いの暮らしを知り合うことは、大げさでなく、世界が平和になることにつながっている——本気でそう思っています。
そしてもうひとつ。ゲストのみなさんがこの町に来てくれること自体が、佐久穂への恩返しになります。町でお金を使ってもらえて、日本の田舎の良さを感じてもらえて、いい循環が生まれる。その循環がいつか、この町の雇用につながったら——それが私の夢です。
次回は、この立派な古民家を宿にするまでの準備の裏話を書こうと思います。それでは、また。
お宿千代里 ホスト Aya